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【悲報】今朝、う○こを踏む。

【悲報】今朝、う○こを踏む。

どうも、はじめましての方ははじめまして。モノダムの吉原と申します。

今朝、ここ嘉右衛門町まで車で出社して、車を降りて事務所に入るまでの僅かな距離でう○こを踏みました。
クソ忙しいのに朝からうーん、この始末です。

でも、事務所に踏み入る前に気づいて良かった良かった◎

思えばこの人生40数年の間にも、う○こに纏わるエピソードがあったりなかったり。

車を運転してたらフロントガラスにビチャっと。
駐車してたらボディにビチャっと。
道を歩いていたらビチャっと。

たぶん、たぶん皆さんもそのような人生を送っていることでしょう。

そういえば、そう遠くない昔。

事務所の前をとおる例幣使街道には、日光へ向かう沢山の馬がきっと沢山のう○こもお土産にしていたことでしょうし、私と同じように踏んじゃった人も沢山いたのでしょう。

日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)
江戸時代の脇街道の一つで、徳川家康の没後、東照宮に幣帛を奉献するための勅使(日光例幣使)が通った道である。倉賀野宿を起点とし、中山道と分岐、太田宿、栃木宿を経て、楡木(にれぎ)宿にて壬生通り(日光西街道)と合流して日光坊中へと至る。楡木より今市(栃木県日光市)までは壬生通り(日光西街道)と重複区間である。
現在、栃木県日光市から鹿沼市、栃木市、佐野市、足利市、群馬県太田市、伊勢崎市、高崎市に至る路線が「日光例幣使街道」または「例幣使街道」と呼ばれている。特に日光市から鹿沼市にかけての区間には日光杉並木が現存する。
-Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/日光例幣使街道

いつの時代だって言いたいはずですよね。セカイの中心で、う○こ踏んじゃった。って。

現代は、なんてベン利な時代なのでしょう。

ようやく、この場所にも馴染み始めたような気がしています。